サンティアゴ巡礼の道をゆく

2018年5月カミーノ プリミティボ、2018年夏に北の道(イルンからビルバオ)2018年11月サンサルバドル。2019年3月北の道(ビルバオーサンタンデール)。次は何処を歩くか検討中。欧州在住。

カミーノサンサルバドル 0日目 始まる前から雲行きが

今回はパリの職場に用があったのでまずパリに着いて、翌日バルセロナ経由でオビエドへ飛び、オビエドのホテルにスーツケースを預けてからバスでレオンに出て一泊してあるき始めるという計画でした。

細かい移動が多くて何か嫌な予感はしていたんですよね。そもそも、冬にパリーオビエド便が運休になるというのが痛手でした。

 

初っ端からバルセロナ行きが遅れたんです。45分位。バルセロナに着陸した時間が乗継便のゲートが閉まる時間でした。しかもこんな時に限ってターミナルまでバス移動。降ろされた場所はターミナルのショップが集まっている真ん中で、乗継便のゲートは62。空港を端から端まで走りました。案内のモニターは搭乗手続き中となっていたので。

ゲートに着くとまだ登場も始まっていません。こちらも遅れているようで、とりあえずお昼ご飯代わりのサンドイッチを頬張りながら搭乗を待ちます。

この便は本来なら14時10分にオビエドに着き、街へのバスは毎時丁度に出るので乗ろうとしていたのは15時のバス。流石に間に合うだろうというか、むしろあんな小さな空港でどうやって時間を潰そうくらいに考えていましたが、そのバスもかなりギリギリな感じ。15時のバスに乗って15時45分に街について、ホテルに荷物を預けてからバス停に歩いていって16時45分のレオン行きに乗らなければなりません。空港からのバスが16時だとレオン行きのバスには間に合わず、少しあとの電車になりますが、レオンになるべく早く着きたいと思っていました。

あれこれ考えていたらオビエドに着いたのですが、時間は15時10分…。しかも、しかも、こんな時に限って、ロストラゲージで荷物が出てきません。パリ便から乗り継いだ別の人もロスラゲだったのでバルセロナで荷物の載せ換えが間に合わなかったのでしょう。しょうがないですね。歩くのに必要なものはトレッキングポール以外手荷物だったのが不幸中の幸い。

ロスラゲの手続きを済ませてから、思い切ってタクシーに乗りました。オビエドの空港は正式にはアストゥリアス空港と言って、海の方にあり、オビエドまで直線で50キロくらい。道が空いていたこともありタクシーはかなり飛ばしてくれて30分もせずに着きました。ホテルで事情を説明して、スーツケースが届くのでチェックインまで預かってくれるようにお願いして、カミーノに必要ないレザージャケットも置いてきました。

そこからバスターミナルまで歩いて15分。少し時間があったので近くのカフェで軽食を取りました。

オビエドからレオンまでの道は私がこれから歩く道のとほぼ同じで(方向は逆ですが)左右を荒々しい山脈に囲まれた谷を蛇行しながら進んでいきます。突然不安になる私。

日もとっぷりくれた頃レオンに到着。暗くてよくわかりませんが、とても良さそうな街。予約してあった大聖堂近くのホステルまで歩いたのですが、呼び鈴を鳴らしても誰も出ません。ドアに貼ってあった電話番号も電源が切ってあるらしく繋がりません。

予約のときに8時ころ着くと連絡してあったので8時まで待ちましたが状況は変わらず、寒くなってきたし、なんだかんだで移動に12時間かかったので疲れていたので、宿の電話番号にメッセージを送ってその場を離れることにしました。

そこから遠くないそして高くないホテルに部屋はあるか聞いたら、ホテルは一杯だけど、向かいのホステルなら空いてるよ!と言われて(同じ経営)連れて行って貰った宿が大当たり。きれいで新しくて二段ベッドですが遮光カーテンがついてるタイプ。これで20ユーロ。

オフシーズンのせいかガラガラで八人部屋なのに私とあと一人しかいませんでした。フランス人の道を歩いてるドイツ人の可愛い女の子で、大体同じペースで歩いてるのは15人くらい、と言ってました。私はフランス人の道を歩いたことがないのでレオンの段階で14人というのが多いのか少ないのかピンときませんが、5月のプリミティボでももっといた気がするので、多分ものすごく少ないのでしょう。

明日からに備えて早めに寝ようとしましたがなかなか寝付けず。